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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)530号 判決

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 南木武輝

同 渡辺千古

同 井上正治

被告 東京都

右代表者知事 美濃部亮吉

右指定代理人 坂井利夫

〈ほか三名〉

被告 学校法人国際基督教大学

右代表者理事長 湯浅八郎

〈ほか二名〉

右被告大学外二名訴訟代理人弁護士 唐沢高美

同 小又紀久雄

同 葭葉昌司

主文

一  被告東京都は原告に対し、金一四八万五四六九円および内金一三三万五四六九円に対する昭和四五年二月五日より、内金一五万円に対する本判決言渡の日の翌日より各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告東京都との間においては、原告に生じた費用の一六分の一を被告東京都の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告国際基督教大学・同三宅彰・同奥津敬一郎との間においては全部原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し、金五六五万八五一九円およびこれに対する被告東京都は昭和四五年二月五日より、その余の被告らは同月六日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(本件被害の発生)

原告は、被告学校法人国際基督教大学(以下「被告大学」という。)の学生であったころの昭和四四年一〇月二七日午前九時過ぎころ、東京都三鷹市大沢三丁目一〇番に所在する被告大学構内において、被告大学の警備に従事していた被告東京都の公権力の行使に当る公務員であるところの、警視庁第七機動隊若しくは三鷹警察署(以下「本件機動隊」という。)に所属する氏名不詳の警察官によって、その所携のジュラルミン製大楯の側面で、右後頭部を強打(以下「本件暴行」という。)されたため、それが原因でめまい・吐き気・左半身麻痺・眼痛・食欲不振・微熱・記憶喪失などの所謂ワレンベルグ氏症候群(以下「本件症状」という。)を呈するという傷害を受けたものである。

2(本件発生に至るまでの経緯)

(一)  被告大学においては、昭和四一年五月教授会が能力開発研究所学力テストを入学者選抜の資料の一部に使用することを決定したことに端を発して、被告大学当局と学生間に紛争が発生し、それに対処するために、被告大学当局がガードマンを増強する措置を取ったことから、これに強く反発した学生は全共闘会議(以下「全共闘」という。)を結成して被告大学当局に対し、(イ)ガードマン体制撤廃、(ロ)教授会議事録全面公開、(ハ)能研処分白紙撤回の三項目の要求を掲げて大学当局と折衝を重ねた結果、同四四年三月両者間に第一ないし第七確認書の交換が行なわれ、右三項目の要求は被告大学当局によって基本的に承認された。そして特に右第三および第四確認書において、被告大学学長代行および教授会は学生の運動弾圧策として、機動隊を導入しない旨の確認がなされ、かくて、右紛争は一応収束し、被告大学は同年五月二日の新学期からは授業を再開して右確認事項の実質化をはかることを約束した。

(二)  しかるに、同年五月一日に至り、被告大学は授業再開の無期延期を宣言し、かつ、右七確認書記載の確認事項の履行についても明確な態度を取らなかったために、再び紛争がむし返えされた。

そして、右紛争の膠着状態が続いていたころの同年一〇月一六日、被告三宅彰(以下「被告三宅」という。)が被告大学の学長事務取扱に、同奥津敬一郎(以下「被告奥津」という。)が学長補佐にそれぞれ就任するや、同人らは、教授会にもはからず独断で前述の第三および第四確認書記載の確認事項を無視して、同月二七日から授業を再開する旨宣言し、次いで、同年一〇月二〇日早朝三鷹警察署に警察官の出動を要請して、同年五月以来、前述の七確認書無視に抗議する学生の管理下におかれていた被告大学のディッフェンドルファ記念館から学生を排除したうえ、本館その他大学建物の周囲に高さ二・五メートルの鉄塀を設置して「教育区域」を設け、同区への学生の立ち入りを禁止し、かつ、警察官を警備に当らせると共に、本館東側に仮設門(検問所)を設けて、あらかじめ受講を希望した学生には、その登録をするよう要求し、登録をした学生には「教育区域」への入構許可証を交付し、これを携帯しない者には入構を禁止する体制を確立して、同月二七日から授業を再開した。そして、右授業再開に反対する学生らの抗議行動に対処するために、同年一〇月二一日以降も引き続き三鷹警察署に警察官の出動を要請し、特に、同月二五日には、「当大学の管理する敷地において、当大学の授業を妨害する行為がある場合には、当大学の個別的要請をまたず、法律に従って必要な措置をとるよう要請する。」旨の包括的な警備要請をなした。

(三)  右のような被告大学当局の警察官導入による授業再開宣言に対し、全共闘系の学生や大学院生・教職員の一部の者は、同月二〇日以降、連日一〇〇ないし三〇〇名集まって学内(前述の教育区域外)において、「機動隊導入弾劾、授業の一方的強行再開阻止」のための集会・デモを行なった。

ところが、右のような学生の抗議行動に対し、被告大学当局者は被告三宅・同奥津らを先頭に、学生のデモ・集会の現場に来て本件機動隊に対し、学生の排除を要請し、これを受けた本件機動隊所属の警察官らは抗議行動中の学生らに対してジュラルミン製の大楯を使用して暴行するなど、通常の規制・排除行為を著しく逸脱した違法な行為をなしたため、学生側には同日以降負傷者が続出した。

3(本件不法行為の発生)

かくて、同月二七日も授業再開に反対する原告を含む学生約一五〇名は、同日午前八時三〇分ころから、前述の仮設門(検問所)周辺に坐り込んだり、集会をするなどの抗議行動を行なったところ、被告三宅は前述の立入禁止区域内の台の上から、また同奥津は仮設門の周辺に待機していた本件機動隊所属の警察官の先頭部分において、学生らに対しこもごも「邪魔をしないで早く立ち去りなさい。どかないと機動隊が排除します。」などと通告し、学生らがこれに応じないでいると本件機動隊にその排除を要請し、これを受けた本件機動隊所属の警察官は再三に亘って規制・排除活動を行なった後、同日午前九時三〇分ころ、被告大学のロータリー周辺に参集した学生を第二男子寮方向に押し戻すべくジュラルミン製大楯を使用して排除をなしたが、その際、学生集団のうち本件機動隊所属の警察官と接する位置にいた原告に対し、前述のとおり本件機動隊所属の氏名不詳の警察官が故意若しくは過失により所携の大楯を振りおろし、その側面で原告に本件暴行を加えたものである。

4(被告東京都の責任)

被告東京都は、その公務員である前述の本件機動隊所属の氏名不詳の警察官が公権力の行使に際してなした本件暴行により原告が被った後述の損害を国家賠償法第一条に基づき賠償する義務があることは明らかである。

5(被告三宅・同奥津の責任)

本件機動隊所属の警察官の学内立入りは、被告三宅・同奥津が共同してなした警備ないし出動要請に基づいてなされたものであるが、同被告らの警備ないし出動要請は以下において違法無効である。

すなわち、前述のように被告大学当局と全共闘との間に締結された七確認書のうち、第三および第四確認書によれば、被告大学当局は学内問題解決のための警察力の導入を行なわないことを教授会の名の下に学生に確約したにもかかわらず、被告三宅・同奥津は、右確認書を無視して、独断で警察力を導入した。したがって同人らの警備要請ないし出動要請は、被告大学当局と全共闘との間に成立した合意の不履行であって違法であり、右の違法行為に基づいて警察力が学内に立ち入ったことにより、原告に対し本件暴行が行なわれたのであるから、同被告らは原告が被った後述の損害を各自賠償すべき義務を負うことは明らかである。

6(被告大学の責任)

被告大学は前述のとおり、学校法人であるところ、その機関又は被用者である被告三宅・同奥津がその業務の遂行に関連してなした前述の不法行為によって原告が被った後述の損害を賠償すべき義務を負うことは明らかである。

7(損害)

(一)  入院治療費 八八万四、九一九円

原告は、昭和四八年七月三日までに病院等に対して本件暴行による本件症状の治療および入院費として右金員を支払った。

(二)  付添看護費用 一八万九、〇〇〇円

原告は、本件症状により入院中、独力で洗面・用便等を行なうことさえ困難な状態が続いたので、昭和四七年六月一二日までに合計一二六日間原告の両親・姉・学友が原告に付添ってその看護にあたった。

ところで、今日においては付添看護人を依頼する場合、一日につき少なくとも金一、五〇〇円の報酬を支払う必要があるから原告は付添費用として一八万九、〇〇〇円の損害を被ったことになる。

(三)  看護人費用 五〇〇円

原告は、三鷹中央病院において、付添人の寝具を同病院から借受け、その費用として五〇〇円を支払った。

(四)  入院雑費 七万四、一〇〇円

原告は、昭和四七年七月三日までに本件症状の治療のため、二四七日間入院し、その間入院諸雑費として少なく見積っても一日平均三〇〇円の支出を余儀なくされた。

(五)  慰藉料 四〇〇万円

原告は、前述のように本件暴行による本件症状の治療のため、二四七日間も入院し、その間の精神的・肉体的苦痛は筆舌につくし難いものがあった。しかも、本件暴行を受けてから四年以上経過した現在も体調は完全ではなく、頭痛・めまいその他の諸症状に悩まされることがあり、右症状がいつ悪化するかも知れないという状態にあって、将来への不安も著しいものがある。

右のような精神的・肉体的苦痛を慰藉するには少なくとも金四〇〇万円が相当である。

(六)  弁護士費用 五一万円

原告は、弁護士である本件訴訟代理人に本件訴訟追行を委任したので、日本弁護士連合会報酬等基準規程に基づき本件損害金合計五一四万八、五一九円の約一割に相当する金五一万円を支払う必要がある。

8(結論)

よって被告らは、各自原告に対し、以上の損害金合計五六五万八五一九円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日(被告東京都は昭和四五年二月五日、その余の被告らは同月六日)から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  被告東京都

(一) 請求原因1の事実中、原告が昭和四四年一〇月二七日被告大学の学生であったこと、本件機動隊所属の警察官が被告東京都の公権力の行使に当る公務員であること、本件機動隊所属の警察官が原告主張の日に被告大学の警備に従事していたことは認め、その余は否認する。

原告主張の警察官の大楯が原告の頭部に当ったとしても、このことと原告主張の本件症状との間には因果関係がない。すなわち、ワレンベルグ氏症候群とは、元来、動脈硬化症・梅毒性血管障害等により血圧に異常をきたし、急激に後下小脳動脈が閉塞(血栓)した場合、この動脈の支配領域の神経系に特異な諸症状を呈する内科的神経疾患をいうのであるから、本件程度の暴行では右のような血栓を生ずることはなく、本件暴行とワレンベルグ氏症候群との間には因果関係はない。

仮に因果関係があるとしても、それは稀有のことであるから、両者の間には相当因果関係がない。

(二)(1) 同2の(一)の事実中、被告大学で大学当局と学生との間に紛争があったことは認め、その余は不知。

(2) 同2の(二)の事実中、被告大学が授業再開の無期延期を宣言し、七確認書記載事項の履行について明確な態度をとらなかったために、再び紛争がむし返えされたこと、被告三宅・同奥津の機動隊導入が第三および第四確認書を無視してなされたとの主張は不知、その余は認める。ただし、ディッフェンドルファ記念館は学生が管理していたのではなく、占拠していたものである。

(3) 同2の(三)の事実中、本件機動隊所属の警察官が規制・排除行為をなし、かつ、右警察官のうちの一部の者がジュラルミン製大楯を使用していたことは認める。

ただしそれを使用して暴行するなど通常の規制・排除行為を著しく逸脱した違法行為により、学生側に多数の負傷者が続出したことは否認する。その余は不知。

(三) 同3の事実中、本件機動隊所属の氏名不詳の警察官が原告に対し本件暴行を加えたことは否認し、その余は認める。

右警察官が原告に対し本件暴行を加えていないことは、原告の主張する本件暴行時には、原告と本件機動隊所属の警察官が密着していたことから物理的に不可能であったこと、および原告の主張する本件暴行を受けたという部位に傷害が発生していないことから明らかである。

(四) 同4の事実中、本件機動隊所属の警察官が被告東京都の公務員であることは認め、その余は否認する。

(五) 同7の各事実は不知。

2  被告大学および被告三宅・同奥津

(一) 請求原因1の事実中、原告が昭和四四年一〇月二七日被告大学の学生であったこと、本件機動隊所属の警察官が被告東京都の公権力の行使に当る公務員であること、本件機動隊所属の警察官が原告主張の日に被告大学の警備に従事していたことは認め、その余は否認する。

(二)(1) 同2の(一)の事実中、原告主張の三項目が大学側によって基本的に承認され、学長代行(教授会)は、学生運動弾圧策として機動隊を導入しない旨確認したこと、五月二日の新学期からは授業を再開し、原告主張の確認事項の実現をはかることになっていたことは否認し、その余は認める。

(2) 同2の(二)の事実中、被告三宅・同奥津がなした機動隊導入が同人らの独断でなされたとの主張は否認し、その余は認める。

原告主張の確認書は、教授会の適式な決議を有効要件とすることが申し合わせ事項とされていたところ、これに対する教授会の決議は、定足数不足によって成立しなかったものであり、又被告三宅・同奥津は、大学寄付行為第八条・同学則第一二条により機動隊導入の権限を有するところ、学生らが無届デモ等を禁止する旨の大学側の警告にもかかわらず、無届集会・デモを行ない、さらには、被告大学の建物および器物を損壊し、教職員や一般学生に対する暴行・傷害行為が行なわれたために、やむを得ず理事会および学長代理が幹部会の承認を得て行なったものである。

(3) 同2の(三)の事実中、本件機動隊所属の警察官が規制・排除行為をなし、かつ、右警察官のうちの一部の者がジュラルミン製大楯を使用していたことは認めるが、それを使用して暴行するなど通常の規制・排除行為を著しく逸脱した違法行為により、学生側に多数の負傷者が続出したことは否認し、その余は不知。

(三) 同3の事実中、本件機動隊所属の氏名不詳の警察官が原告に対し本件暴行を加えたことは否認し、その余は認める。

(四) 同5の事実は否認する。

(五) 同6の主張は争う。

(六) 同7の各事実は不知。

三  被告東京都の主張

仮りに、本件暴行行為が行なわれたとしても、つぎの事情は損害額の算定上原告の過失として考慮されるべきである。

すなわち、本件事故当日、被告大学は授業再開にそなえて、学生の受講登録業務を検問所前で行なっていたところ、原告を含む全共闘に所属する学生らは、同所前に多数集合して坐り込み、ピケを張って気勢をあげる等して右業務を多数の威力をもって妨害しようとしたので、本件機動隊所属の警察官は、この威力業務妨害行為を制止するために、右学生らに対して退去するように充分警告・説得をしたが、学生らはこれに応じなかったので、やむを得ず右検問所前から第二男子寮の前付近まで排除したところ、学生らは再びデモを開始して右検問所前に向おうとしたので、これを阻止しなければ再び威力業務妨害行為が行なわれることが明らかであったので、本件機動隊所属の警察官らはロータリー付近に阻止線を設置してこれを突破しようとする学生らを規制したのであるが、これに対し、原告は、全共闘所属の学生らと共に、前述の警察官の警告を無視し、あえて右規制行為に抵抗する行動をなし、このような場合におこることが通常予想される混乱による危険の中に、あえて自ら入って行ったものである。

四  被告東京都の主張に対する原告の認否

被告東京都の主張は否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一  昭和四四年一〇月二七日、被告大学の学長事務取扱であった被告三宅および同大学学長補佐であった被告奥津は、被告大学と学生間に生じた紛争に対処するために、三鷹警察署に対し、被告大学の警備要請をなしたので、被告東京都の公権力の行使に当る公務員である本件機動隊所属の警察官が、東京都三鷹市大沢三丁目一〇番所在の被告大学構内において、被告大学の要請により警備に従事していたこと、同日午前八時ころから、約一五〇名の学生が仮設門周辺で、被告大学の授業開始に抗議する集会を行なっていたところ、被告三宅・同奥津が本件機動隊所属の警察官らに対し、右学生らの排除を要請し、これを受けた右警察官らは、右学生らを同校第二男子寮付近まで規制・排除したものの、右学生らが同日午前九時ころ、再度同校のロータリー周辺に参集したので、さらにこれを第二男子寮方向に押し戻すべくジュラルミン製大楯を使用して排除活動を行なったこと、および原告が当時被告大学の学生であったことは各当事者間に争いがない。

二  ところで、右争いのない事実に≪証拠省略≫を総合すれば、本件機動隊によっていったん被告大学第二男子寮附近まで排除された原告を含む約一五〇名の学生らは、午前九時すぎころ再びロータリー附近で集会を開くかもしくは他の学生に対する説得活動をする等の目的で、隊列を組まず三三、五五ロータリー方向に向って移動したが、その手前約二米の附近で本件機動隊所属の約五〇名の警察官により規制を受けて移動を阻止され、同所で学生らと警察官らが押し合う状態となり、その際原告は、警察官らと接する程の位置にいたところ、本件機動隊所属の警察官の所持するジュラルミン製大楯が原告の背後右斜め上から原告の方に振りおろされて、同楯の側面が原告の頭部に当り、そのために原告は歩行困難に陥ちいり、直ちに、救急車で三鷹中央病院に収容されたこと、以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

ところで、右認定の状況下において学生らの行動の規制およびその排除に当る警察官といえども、その対象となる学生らの身体、生命等に危害を及ぼさないようにすべき注意義務のあることは理の当然であって、多言を要しないであろう。しかるところ、原告の頭部に振りおろされたジュラルミン製大楯を所持していた警察官は、右義務を怠り、同楯の使用方法を誤ったものと解すべきは前記認定の事実から明らかといえる。したがって、本件暴行は、少くとも右警察官の過失に基づくものといわざるをえないものというべきである。

而して≪証拠省略≫によれば、原告が本件暴行を受けた部位は右側頭部であったことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫(なお、本件の場合、右暴行を受けた部位との関連において、原告の頭部が前転したのか、あるいは側転したのか、そして、それがひいては本件症状の発生に差異を及ぼすか、どうかの問題があるのでこの点を附言するに、≪証拠省略≫によれば、要するに本件症状は、急激に頸部を伸展ないし回転した結果、内頸動脈に急激な伸展が加わり動脈壁が損傷を受けることによって発生するものであることが認められるから、頭部が前転したか側転したかは、本件症状の発生には差異を及ぼすものではないと思料される。)

三  ≪証拠省略≫を総合すれば、原告は本件暴行が原因で本件症状を呈するに至り、本件症状の治療のため昭和四七年七月三日までに通算二四七日間順天堂大学医学部附属順天堂医院等に入院したこと、そして本件症状の発現には本件暴行のほかに、原告自身の有していた体質・素因が今一つの原因となっていること、および本件暴行と原告の体質、素因のいずれが本件症状の主要原因であるかは明らかでないことが認められ他に右認定をうごかすに足る証拠はない。

しかして、被告東京都は、「本件暴行と本件症状の発現との間には因果関係があるとしても、それは稀有のことであるから、後者は前者によって通常生じるべき結果たる症状とは云えず、したがって、両者の間には相当因果関係がない」旨主張する。しかしながら、本件暴行現場におけるような学生らの中には、病弱者の存することは必ずしも異常の事態とは云えず、(換言すれば応々にして存することがむしろ通常の事態ともいゝうる。)、したがって被害者の体質・素因等が発病を誘致するにあずかって力があったとしても、これによって相当因果関係が遮断されるものではないと解される。しかしそうはいうものの、右のように本件症状が本件暴行を唯一の原因として発現したのではなく、原告自身の有していた体質・素因などの要因とからみ合って発現したような場合には、その損害全部を本件暴行に因る損害ということはできず、本件暴行が本件症状の発現に寄与している限度において相当因果関係が存するものとして、その限度で加害者に損害賠償責任を負わせるのが公平の理念に照らして相当と考える。そして、さきに認定した事実によれば本件暴行と原告自身の有していた体質・素因のいずれもが本件症状の主たる原因とはいえないのであるから、原告の本件症状に基づく損害については、本件暴行がその発生に五割程度寄与しているものと解し、同損害の五割の限度で加害者に賠償させるのが相当であるというべきである。

四  次に被告東京都の過失相殺の主張について判断するに、≪証拠省略≫によれば、原告が本件暴行を受けるにさきだち、原告を含む全共闘系の約一五〇名の学生が、検問所前に坐り込んだり、或いはそのうちの四、五名の者が検問所入口でビラを配ったりしたために、被告大学の受講登録業務および一般学生の教育区域への通行が困難になったので、本件機動隊所属の警察官は右全共闘系の学生に対し、同所からの退去を警告し、次いで警告にしたがわなければ排除する旨予告した後、坐り込んでいた学生を順次引き立てて前記ロータリー付近まで排除したものの、右学生らは、同所で集会を行なって再び検問所前に移動しようとしたので、さらに同所から第二男子寮付近まで規制・排除され、しかる後にまたもや学生らが、ロータリー附近に移動を開始して本件機動隊に阻止され、原告が本件暴行をうけたこと、そして右一連の規制・排除の過程において、学生らはヘルメットを着装し、若しくは兇器を携帯し、又は隊伍を組んで警察官と激突したようなことはなく、平穏・無事に規制・排除が行なわれたことが認定でき(る。)≪証拠判断省略≫してみれば、原告が、機動隊の再三にわたる警告・規制・排除にもかかわらず全共闘系学生の集団行動に参加しこれと行動を共にしたとはいうものの、原告が本件暴行をうけるまでの学生らの動向やそれに対する規制・排除のなされた経過に鑑みれば、右集団行動に参加したからといって、原告に対しいやしくも警察官である本件加害者から本件暴行のような不法行為を受けることまで予見し、抗議行動に参加することをとりやめて、本件暴行の発生を回避しなければならなかったとか、あるいは原告において本件暴行を誘発するに足る不注意な行動があったとは到底認めることができないから、被告東京都の右主張は採用することができない。

五  ところで、本件暴行をなした警察官が本件機動隊所属の警察官であり、かつ、右警察官がその職務を行なう際に右暴行をなしたことは前認定によって明らかである。したがって、被告東京都は、右不法行為によって原告の被った損害(ただし、さきに判示したとおり、その五割)を賠償すべき義務があると認めるべきである。

六  次に原告は、「被告大学当局と全共闘との間に学内問題解決のためには警察力を導入しない旨の約束がなされたにもかかわらず、被告三宅・同奥津が右約束に違反して警察力が導入されたために本件暴行行為が発生したから同人らは右暴行により原告が被った損害を賠償すべきである。」旨主張するので、まず右約束の有無について判断するに、≪証拠省略≫には右主張に符合する部分があるが、しかし右は≪証拠省略≫に照したやすく信用できず、ほかに右事実を認めるに足りる証拠はない。よって右事実を前提とする被告三宅・同奥津に対する請求は、爾余の点につき判断するまでもなく、理由がないというべきである。

右の如くして被告三宅・同奥津の請求が理由がない以上、被告大学に対する請求が失当であることは明らかというべきである。

七  最後に損害額につき判断する。

(一)(入院治療費等関係)

≪証拠省略≫によると、原告は本件症状に対する入院治療費として金八九万五、〇三九円を支出したことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。しかして、右金員のうち、本件暴行と相当因果関係に立つ損害はその半額と解すべきであるから、原告の本件事故に基づく入院治療費等の損害は、合計四四万七五一九円(一円未満切捨て)となる。

(二)(付添看護費用)

≪証拠省略≫によれば、原告は、前記三の入院期間のうち、通算一二六日間にわたり、独力で洗面・用便等を行なうことさえ困難な状況であったので、付添看護の必要があったところ、原告の両親・姉・学友が右の期間原告に付き添って看護にあたったことが認められる。しかして、右の者らが、付添看護をした場合に、被害者は現実に看護料の支払いをしなくとも、右の者らの付添看護料相当額の損害を被ったものとして、その賠償請求をすることができると解すべきである。けだし、本件原告のように身体の故障があるときには、親子・兄弟姉妹・配偶者・友人などがその身のまわりの世話をすることは肉親および友人としての情誼に出ることが多いことはもとよりであるが、それらの者の提供した労働はこれを金銭的に評価し得ないものではなく、ただ、実際には両者の身分・友情等の関係からその出捐を免かれていることが多いだけで、このような場合には肉親および友人たるの関係に基因する恩恵の効果を加害者にまで及ぼすべきものではなく、かような場合には、近親者および友人等の付添看護料相当額の損害を被ったものとして、加害者に対してその賠償を請求することができるものと解すべきだからである。そうだとすると、原告は、職業付添人の付添料相当額の財産的不利益を受けたものと考えられ、両親・姉および友人が無償で看護したのではあるが、職業的付添人の看護料相当額の費用は損害として認めるのを相当とする。そして職業付添人の看護料相当額が食費を含めて少なくとも一日一、〇〇〇円であることは公知の事実である。してみれば、本件暴行と相当因果関係に立つのは、原告が実際に付添看護を要した右一二六日間の費用金一二万六、〇〇〇円の五割にあたる金六万三、〇〇〇円とみるべきであるから被告東京都は付添人費用として六万三、〇〇〇円を原告に賠償すべきである。

(三)(看護人費用)

≪証拠省略≫によれば、原告は三鷹中央病院において、付添人の寝具を同病院から借受け、その費用として金五〇〇円を支払ったことが認められるから、被告東京都はその五割にあたる金二五〇円につき、原告に賠償すべきである。

(四)(入院雑費)

原告主張の入院雑費は、少なくとも一日二〇〇円であることは公知の事実であるから、被告東京都は前記入院した二四七日間に要した費用金四万九四〇〇円の五割にあたる二万四、七〇〇円を原告に賠償すべきである。

(五)(慰藉料)

前記事情その他諸般の事情を考慮すれば、原告の本件被害による精神的苦痛を慰藉すべき額としては金八〇万円が相当である。

(六)(弁護士費用)

被告東京都が、以上の損害賠償額について任意の弁済に応じないので、原告が弁護士たる本件原告訴訟代理人らに本件訴訟の追行を委任したことは、当裁判所に顕著な事実であるところ、当事者が弁護士に訴訟追行を委任する場合、弁護士に相当額の弁護士費用の支払いを約することは公知の事実であり、右事実と弁論の全趣旨とを合せ考えると、原告も少なくとも後述認定程度の弁護士費用の支払いを約したことが推認できる。そして、本件訴訟の難易度・前記の請求認容額・本件訴訟の経緯等に鑑み、本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用は一五万円と認めるのが相当である。

八(結論)

以上判示のとおり、被告東京都は原告に対し本件事故による損害賠償として金一四八万五四六九円およびうち弁護士費用を除く一三三万五四六九円に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四五年二月五日以降、うち弁護士費用一五万円に対する本判決言渡の日の翌日から各支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いをなすべき義務があることが明らかである。

よって、原告の本訴請求は、右の限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条・第九二条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤原康志 裁判官 大澤巌 永吉盛雄)

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